レポート

参加者レポート < ラオス >

気づいた!国際協力の成り立ち!以前から物資支援をしていた、具志川商業高校3年後藤優瞳がラオスを訪れて。

投稿者: oicYOUTHs 管理者

「発展途上国であるラオスの現状」

沖縄県立具志川商業高等学校 3年 後藤優瞳

 

 私は、この事業に参加する前に、学校の授業でラオスに筆記用具を寄付したことで国際交流をしていました。それをきっかけに私が発展途上国のラオスのためにできることは何だろうと考えました。実際に自分の目でラオスの現状を見て、高校生である私がしてあげられること、私が将来ラオスのためにできることを見つけたいと思い今回の事業に参加しました。

ラオスでは、実際に自分の目で発展途上国の医療や障害者支援・就労支援などを見ることができました。

医療の面では地域の小さな郡病院と総合病院を視察しました。ラオスでは新生児や妊婦の死亡率が高く、感染症での死亡率は減ったが感染病にかかる人は減らないという現状があります。その原因の一つは、郡病院では手術が行えず救急車はあるのですが、患者さんがお金を払わないと使用することができないということです。ヴィエンチャンから離れれば離れるほど交通の問題があり、アクセスが悪くて病院に通いたくても通えないという現状があることがわかりました。原因の二つ目は、医者や看護師の数が足りていても、質がまだ高くないことです。その原因を改善するために医療に関しての知識を向上の勉強会を実施していました。そのほかにも改善すべき点があります。総合病院などの大きな病院では、使用済みのごみなどは業者に回収してもらい処理するようになっていました。しかし地域の郡病院では、胎盤や使用済みのごみ処理にお金がかかるために土に埋めて処理している病院もあります。この様なごみの処理の仕方では感染症の問題にかかわると思います、ごみ処理の仕方も早急な支援を行い改善すべき問題なのだと訪問をしたことで実感しました。

 福祉の面では、ラオスには障害者に対する偏見があり、まだまだ障害者という人を理解できでない人が多いため、障害者のための施設や雇用先などの場の環境が整っていない現状があります。

 

ラオスには政府の運営する障害者就労支援施設がたったの1つしかなくて、障害者施設もセンター1か所のみです。

 

そのセンターは月55万キープもするためラオスの方々の生活で払えるような金額ではありませんでした。今回障害者就労支援施設に訪問することができ、そこで働いている障害者の方と話す機会があったのですが、「実際に障害者の家に籠るより職場に来て、仕事をするほうが楽しい」という話を聞けました。その時に私は、「障害者に対しての偏見があることは、ラオスだけではなく日本でもまだ理解されていない理解できていない人も結構いるな」と思い、もっと障害者の方々が楽しめる場ややりがいを感じる場づくりをもっとしてあげないといけないと感じました。

 今回の事業を通して、国際協力は一方通行ではなく、支援している国が自立できるために支援する側もされる側も理解し合わないと成り立たないものだと感じました。また、すべてを支援するという形ではなく、支援することで、支援が終わった後もこの国の人たちだけでできるようなしっかり自立のできる支援が必要ということが沢山の視察先を訪問し気づくことができました。

 これから私ができることは、もっと国際協力についての知識を増やし発展途上国に必要な直接的な支援、間接的な支援方法をもっと多くの人に広めていきたいと思います。


ラオスの人はなんだかウチナーンチュに似ているな。向陽高校1年金城敬子が感じた親近感

投稿者: oicYOUTHs 管理者

「いつかできる事は今日もできる」

 沖縄県立向陽高等学校1年 金城敬子

 ラオスはアジアの中でも最貧国と言われている国なので人々は生きていくだけで精一杯というイメージでした。しかし実際に行ってみると、人々はみんな優しく笑顔で我々と接してくれ、ウチナーンチュに似ているなと親近感が湧きました。私は国際協力レポーターとして現地で体験したことや感じたことを三つ伝えたいと思います。

 まず一つ目は研修1日目に訪れたパークグム軍病院でのことです。青年海外協力隊の大竹隊員が活動内容や今の医療の現状を説明してくれている時、ふとゴミはどこに捨てているのかと疑問に思ったので聞いてみました。そうすると大竹さんが「ゴミ処理施設がなく注射の針や胎盤は土の中に埋めている、近くを掘ったら出てくる」と言っていてとてもびっくりし口が閉じなかったことを鮮明に覚えています。そこで私が思ったのは、支援は病院や学校を建てて終わりではなく、それらの施設を使用していく上で排出されるゴミの処理や衛生指導までしっかり教えてあげないといけないのだということです。建てて終わりではなく、そのせいで起こる悪影響なども考えなければいけないのだと気付いたのです。

 二つ目は小学校で歯磨き指導をした時のことです。教えるにあたって言葉が通じなければなりません。ラオ語が話せない私はジェスチャーで表したり、英語を使ってみたりと試行錯誤を繰り返しながら伝えようと頑張りました。しかし、ラオスでは英語教育をはじめとする様々な教育がまだ十分に行えていません。そのため私は英語や中国語、日本語のどれも通じないという状況に初めて遇い、私は戸惑いを隠せませんでした。行く前まではジェスチャーを使えばなんでも伝わると思っていましたがそう簡単ではありませんでした。相手がまだ子供だったこともありこっちを見てくれず困ったこともありました。基本的な会話は勉強していくべきだと思いました。

 三つ目は乗務員のサービスの質向上を目指し指導しているJICAプロジェクトのITTECバス公社訪問です。私たちは空港からバスターミナルまでこのバスを利用しましたが日本のバスに乗っているかのように乗務員さんも笑顔で車内は静かで座席も綺麗でエアコンも効いていて乗り心地が良かったです。支援をする前までは、バスの時刻表がない、バス停もない、降りたいところで降り、乗りたいところで乗れるスタイルでした。それが支援後は時刻表を作成し、バス停も作り、乗務員は英語研修をしたり、勤務前にアルコールチェックや業務中の制服着用などのルールが作られたりしました。今のサービスがあるのも住民の理解があるからだと思います。これらからルールを作ってもバスを利用するのは住民ですから住民が守らないと成り立たないので国際協力は双方の理解と協力が必要だと感じました。

 最後にこれらの研修を通して今まで国際協力とは青年海外協力隊や特別な資格を持っている人しかできないと思っていましたが、これら以外にも民間企業に入社してからもできますし、NGOとしてでも力になれることがわかりました。また発展の妨げの原因になっているものだけを解決しても根本的には解決できないと言うことです。例えば乳児死亡率の改善を支援していて医療技術や整備を整えてもインフラ整備や環境、貧困、風習など一つの問題にいろいろなことが絡まり合って起っていると知りました。私は訪問先に行くたびに何かできることはないかと考えましたがゴミ処理場を建設するにしても、道路を整備するにしても、やはり一番必要なのはお金なのだと感じました。これを踏まえて今回ダムの決壊のため行けなくなったアッタプー県のことも含め募金などの行動を起こし、微力ではありますが力になれたらと思いました。まだラオスのことを知らない日本人が多いと思うので、私の経験や優しくて穏やかな人がたくさんいることを多くの人々に伝えて一人でも多く国際協力に興味を持ってもらいたいと思っています。

 

 

吃驚仰天!小禄高校3年屋冨祖花の見た”貧富の差”

投稿者: 屋富祖 花
「発展途上国で学んだこと」

私はこの夏「おきなわ国際協力人材育成事業」の一環として、発展途上国であるラオスへ派遣された。「発展途上国」、そう聞いて貴方は何を思い浮かべるだろうか。私は、食べ物が無く、身につける洋服や建物はボロボロ、心に余裕は無く、人々は日々幸せな暮らしを求めて生きているのだと思っていた。しかし、私が最初に見たラオスはそれを大きく変えた。

 730日の真夜中にラオスへ到着し、首都ビエンチャンにあるホテルへバスで移動していた。その時に何気なく外の景色を見ていた時、私はとても驚いた。窓から見える景色の中には、大きなビルや商店が立ち並び、人々が身にまとっている衣服は日本の衣服のように柄が入っていてとても可愛かった。私達が乗っているバスとすれ違う車はどれも綺麗で、街にいる人達は皆、活気に溢れていて楽しそうだったのだ。「想像していた発展途上国とは違う。ここって本当に発展途上国なのかな」と思った。

 派遣されてから四日目の夜、私達はビエンチャンで毎日開催されているナイトマーケットという、色々な物が売られているお祭り会場のような所へ行った。そこの雰囲気はとても賑やかで、人が沢山行き交いし、私もその陽気な雰囲気の中買い物を楽しんでいた。色々なお店を見て回り、可愛い洋服を見つけた私は店員さんに会計を頼もうとした。その時、私の腕に誰かがツンツンと合図してきたのだ。後ろを振り返ると、そこにはまだ十歳にもならない少年が私に手を差し出し「マネープリーズ」と言ってきたのだ。私は驚いた。すぐにお金を渡してあげたかったが、ガイトさんから「お金や物は絶対に渡さないで」と言われていたため、それは出来なかった。私は「ごめんね」とも言えずに目をそらし、その子のことを無視するしかなかった。別のお店でも、両足の無いおばあさんが物乞いをしていた。車椅子に乗っている人や腕のない人、赤ちゃんを抱き物乞いをするお母さんもいた。私が研修中に聞いた言葉「貧富の差」、その言葉が今目の前に映し出されていた。最初に見たラオスの幸せな光景の裏側が見えたと思った。

 私はその時ようやく気が付いたのだ。初めての海外研修で国際協力について多くの事を学んでいる自分に酔いしれていた事を。最初から見えているはずの景色が私には見えていなかったのだ。私はとても恥ずかしくなり、目の前の出来事に対して何も出来ていない自分に落胆した。それと同時にもっと視野を広げ、色々な角度から物事を捉えようと決意した。その日から私は今まで以上に積極的に研修へ参加し、ラオスや発展途上国について多角的な意見を持つようにした。すると、一見良い面が多いような事も一度異なる視点で見てみると、様々な問題点が浮かび上がり、一つの小さな問題が、深く考えていくと大きな問題に繋がっている事が分かった。また一つ大事な事も学んだ。それは、発展途上国を他の国の物差しで見ないことである。自分の国の基準で、「これはこうだ、あれはこうした方がいい」と考えを押し付けてもそれが本当にその国の幸せに繋がるかは分からない。故に、一度その国の全てを受け入れる事が大事なのだ。それが真の国際交流・国際協力に繋がるのだ。

 私が見てきたラオス、それは貧富の差や衛生の面でまだ問題が残るが、人々は幸せを見つけながら生きていた。彼らには、日本では薄れてきている家族の大きな愛や、地域の強い繋がりがある。これは、ラオスがこれから成長していく上で一番大切にしてほしいと思う。そして、私はこれを学べた事で将来の目標である青年海外協力隊参加に向けて大きな一歩を踏み出せたと思っている。

 最後に、最初ホームステイを予定していたアッタプー県にある崩壊したダム支援の為に、私達は今、募金活動や横断幕の作成を計画している。このようにできることを継続し、新たな国際協力へ、そしてこの世界で生きている全ての人が笑顔で幸せな暮らしが送れる未来へと繋げていきたい。


まさに「タマサート!」那覇国際高校2年赤嶺優実が訪れたナー村とは

投稿者: oicYOUTHs 管理者

「世界に目を向ける


沖縄県立那覇国際高等学校 2 赤嶺

 

 今年の夏、私は11日間ラオスに短期留学に行きました。この事業は国際協力をテーマに沖縄の高校生を発展途上国へ派遣し、未来の国際人を担う若者を育成する事業でした。私がこの事業に参加しようと思った理由は、海外に行って自分の視野を広げたいという思いがあったのと、将来医療の場面国際協力をしたいという夢があったからです。無事選抜に合格し、嬉しい気持ちでいっぱいでしたが、当時の私はラオスとは一体どこにあってどんな国なのか全く知りませんでした。派遣が決まってから、ラオスについて調べてみると、貧困層の多い国、マラリアやデング熱が流行っている国といった良くない情報ばかりで、ラオスに行くのが正直すごく不安でした。


 実際ラオスへ行くと、とても親切な人が多く、派遣前の不安な気持ちを忘れるほど温かい国でした。派遣中JICAやNGO団体など、日本がラオスへ行っている国際協力の現場を視察しに行ったり、青年海外協力隊員の方々と交流したりしました。ラオスでの一番の思い出は23日のホームステイです。私達はナー村という小さな村に行きました。ナー村はまさにタマサート言われる自然と共生した素敵な村でした。村には子供がたくさんいて木登りやセパタクローをして遊びました。


また、日本から持っていったおりがみ夜遅くまで夢中になって遊んだことがすごく楽しかったです。子供たちも興味津々で一緒になって遊んでくれました。ラオスは主要語がラオス語で英語があまり通じない国だったのではじめは分の意思を相手にちゃんと伝えられるかどうかとても心配でしたが、子供たちとも遊ぶことを通して心を通わせることができ、ホストファミリーや村の人ともジェスチャーや絵を使ってコミュニケーションをとることができました。想像以上に言葉がなくても意思疎通を測ることができとても驚きましたが、そこにはいつもラオス人の優しさがあったから私も自分ことを上手く伝えられたと思います。


現地の人との交流を通して、コミュニケーションは相手の伝えたいことを知りたいと思う気持ち、自分の思いを相手に伝えたいという気持ちがすごく大切だと学びました。また、笑顔だけは世界中のどこへ行っても共通するものだと感じました。11日間どこへ行くにしてもラオス人の温かさを感じ、日本とは違う様々な文化や慣習に触れることができ、一日一日たくさんの学びがあり、本当に濃い11日間でした。しかし、中には衝撃的なこともありました。救急車が公費で動いていないことや、ゴミの処理をする場所や技術がない所もあり、ある地方の病院では注射針を土に埋めたりしていると言っていました。ホームステイ先でも村の人たちはゴミを捨てる習慣がなく、普通にゴミを道に捨ていました。また、ナイトマーケットへ行った時に物乞いをしてる人もいて、追いかけられたり、手を掴まれたりすることもあってショックを受けました


 この派遣を通して私は多くのことを学びました。何よりも人とのコミュニケーション言葉より大切なものがあるということ、気持ちがすごく大事とうことを感じました。また、この事業に出会うまで私はラオスの存在すら知りませんでした。ラオスへ行くと、そこには多くの日本人がいて、日本がラオスへの支援活動を行う国の中でトップであるということを初めて知りました。このとき自分自身の知識が増えたことだけでなく、今まで見てきた自分の世界の狭さを痛感しました。派遣を終えては、たちもっと世界を見て視野を広げるべきだと思いました。


それが私たちできる一番の国際協力だと思います。困っている人、苦しんでいる人の存在に気づき、その人のためになにかしたいと思う「気持ち」が一番大切だと思います。世界に目を向ける。それが私たち世界人の一人として界の幸せのためにできることだと思います。


【派遣生徒の感想文】「国際協力を見て感じたこと」 沖縄尚学高等学校 3年 勝連俊太朗

投稿者: oicYOUTHs 管理者

国際協力を見て感じたこと

沖縄尚学高等学校 3年 勝連俊太朗

 私が今回おきなわ国際協力人材育成事業に参加してラオスでの研修で体験したこと、学んだことを踏まえて感じた事は大きく分けて3つあります。


1つ目は、ラオスで起きているひとつの問題について考えてみると、様々な原因が重なって起こっているという事です。例えば、ラオスにおける医療の環境について考えてみると5歳未満死亡率が1000分の85人と非常に高くなっています。これには、道路が未整備のため病院に行けなかったり、救急車を呼ぶのに自分でお金を出さなければならなかったりするなどの問題があります。個人や家庭の原因よりも社会的背景などの環境要因が大きいと思います。また、ホームステイ先の村では、小学生が当たり前のようにオートバイに乗っていました。日本だと考えられないだと思います。しかしよく現状を観察すると、道路にアスファルトがひかれていない未設備な道が多く、自転車では上手く進めなかったり、バスなどの公共交通機関がなく、移動手段を自分で確保するしかなかったり。等のいろいろな問題が重なって起きている事だと感じます。改善するには1つひとつの小さな問題を解決していく必要があるとわかり、問題解決の難しさを感じました。


 2つ目は、誰もが暮らしやすい社会を作り開発を進めるためには、政府からの支援の他にも様々な視点からの支援が必要であるという事です。派遣前の私は、なぜNGOの支援が必要なのか疑問に思っていましたラオスでは実際に職業訓練や障害者就労支援を行っている施設を視察しました。そこの住民が暮らしやすくなるためという視点をもつNGOの支援と、政府からの国レベルでの幅広い支援とを合わせることが重要です。NGOは地域社会の抱える課題に根ざすことで具体的な支援を行うことが出来ると感じました。職業訓練校の視察中に、日本のNGOからの支援であるにも関わらず、日本人よりもラオス人と意思疎通を取りやすいタイ人の教師を雇って美容師のコースをつくったという話を聞きました。この話を聞いて、それぞれの地域のひとの生活や文化に合わせた支援を行う事でその地域の人が本当に必要としている支援を行えるようになるのだと感じました。


 3つ目は、人に教えるということは、支援を受ける側がいずれは支援なしで自立してできるようになるように手伝うことであるという事です。これは、ラオスで活躍している日本人の方の多くの人が仰っていたことですが、国際協力以外でも当てはまる物がたくさんあります。私は、ホームステイ中にこのことを強く実感しました。私は村のたくさんの子ども達に折り紙を折ってあげました。すると「もっと作って」という声がたくさん上がりました。最初は自分で折った方が効率が良いと思い、自分で折ってあげていましたが、作り方を教えてあげればこの子ども達は自分がいなくなっても折り紙をすることができると思い、作り方を教えて一緒に作りました。すると、自分で作れる子ども達も出てきて、最終日まで折り紙で遊んでくれたのを見て嬉しかったです。この体験は単に子どもとの遊びの体験に過ぎませんがこれを派生して考えると時間はかかっても相手が自立してできるようになるための支援をすることがとても大切であると実感することができました。


 私が今できる最大のことは、この研修を通して見たこと、感じたことを私の身近なところ発信して開発途上国について多くの人に興味を持ってもらうことだと思っています。そのため、友達や周りの人に体験したことを伝えていきます。また、ラオスで活躍している日本人の方の活動を見て、私も途上国支援に携わりたいという気持ちが強くなりました。将来、私は途上国の医療サービスを向上させる活動をしたいと決意しています。そのためにさらに私自身が世界の社会情勢や子どもの育ちに対する関心を高め、視野を広げて、多くの人に国際協力について発信できる人材になれるよう頑張っていきます


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