レポート

十一日間で学んだこと

投稿者: 新城 美晴

七月二十九日、私は中国経由でカンボジアへ向かいました。予想以上の長時間移動に苦しみましたが、無事に到着しました。

 私がカンボジアで過ごした日々で衝撃を受けた体験・視察はカンボジアの中で貧しいといわれる地域ロカブッス村でホームステイをしたことです。村に着いた途端に、ロカブッス村の子ども達がかけよってきました。みんな笑顔が素敵で世界共通で幼い子どもの笑顔は癒されるものだと実感しました。ですが、その子達は靴・サンダルを履いておらず石が転がる砂利道を当たり前のように走っていました。足裏を見せてもらうと真っ黒で少し皮が硬くなっているように見えました。この子達にとっては裸足で歩きまわることは日常なのかもしれません。ですが、明らかに安全ではないその日常を変えなければならないと強く思いました。お菓子をあげると兄弟と分け合う子もいたり、少しシャイな子もいたりフレンドリーな子もいたりと言葉は通じなくても一人ひとりの個性が溢れていて貧しいと言われる地域でも幸せが沢山溢れていました。

 ホームステイの翌日、ロカブッス村の学校へ農業体験に行きました。同世代の子も多く英語で会話をする事ができました。学校訪問で感じたことは、制服をみて家庭の経済状況がわかる・トイレ整備が進んでいない・遊具が足りていないことです。私は学校には遊具があるものだと思っていたので、校庭が広いカンボジアの学校に遊具が一つもないことに衝撃を受けました。その分、物がなくてもできる独自の遊びがあり初めて知った遊びでした。私が幼い頃当たり前だと思っていたことは、カンボジアの子どもたちには当たり前ではなく、とても恵まれていた環境だったと思い知らされました。

 私が視察の中で一番関心を持ったことは、アンコール・ワット西参道修復機材整備計画です。この支援は道を修復する過程ではじめは、日本人が技術などを教えながら行い、あとの半分はカンボジア人だけで修復できるようにする支援です。ただ一方的に支援するだけではなく、彼らが今後主体となり修復できることを目的に支援を行っていたのです。この支援の在り方はこれから生きていく上で私自身に必要な考え方だと思いました。私自身、学校生活の中で友人に問題の解き方を教えることがありますが、最終的には一人で問題を解けるようにならないと教える意味がありません。視察を通しこれまで相手の今後を考え接していたか考え直す機会になりました。

 また、トゥールスレン虐殺博物館ではカンボジアの悲惨で残虐な歴史について考えさせられました。頭蓋骨が幾つもガラスケースに展示されていたり被害者の顔写真があったり独房が当時のまま保管され、当時の人々の暮らしを連想させられました。残酷すぎてしっかりと見る事ができませんでした。が、キリングフィールドの音声ガイドなどを通し少しですが知る事が出来たと思います。しかし、ガイドさん・通訳さんにたった十一日間でカンボジアを知った気にならないでほしいと言われました。当時を少し知ったからと言い、カンボジアを知った気になるのが一番してはいけないことだと同時に強く思いました。    

 今回、十一日間の短い滞在期間で私はどれだけ恵まれた環境で日常を送っているのか実感することができました。涼しい環境で授業が受けられること、食べ物が三食しっかりバランスよく食べられること、毎日学校に通えること全てが当たり前ではないことに気付くことができました。だからこそ、発展途上国の人々のために何が出来るかを恵まれているからこそしっかり向き合わないといけません。

また、カンボジアだけではなく世界中の人々が私たちと同じような日々を送る為に一人ひとりがアクションを起こすことが大切です。

幸せの定義

投稿者: 沼田 紗綾

あなたにとって幸せとはなんですか。

私は今年の夏、おきなわ国際協力人材育成事業というプログラムに参加し、カンボジアに行きました。

そこでは、カンボジアで医療の技術を教えている日本人や青年海外協力隊として子供たちに教育を行っている日本人から貴重な話を沢山聞く事ができました。カンボジアで医師として働いている方が「カンボジアの人は病気や怪我を我慢する国民性がある」と言っていました。日本なら、怪我や発熱をしたらすぐに病院に行くのが当たり前ですが、カンボジアではそうではありません。そんな風に、日本では当たり前のことが当たり前ではないのがカンボジアでした。また現地の方々と交流を持ち、会話することで学ぶことも沢山ありました。

 現地のホームステイ先で感じたことがあります。ホストファミリーは、全く英語を話すことができなかったのでまともに会話することは出来ませんでした。しかし、言語の違いは関係なく、身ぶり手振りを使って笑顔で話しかけてくれて、会話は言葉ではなく心であるということを学び、カンボジアの方の人間性や、ありのままの心の優しさに触れることが出来ました。

 そして、自分が今どれだけ幸せなのか、恵まれた環境にいるのかを考えさせられました。

ある小学校に訪問しに行った時、お金がなくて指定された制服が買えずに私服で来ている子供、設備が整っていないところで勉強している姿を見て自分たちが制服を着用できること、ちゃんと設備されたところで勉強出来ること、自分にとっての当たり前が覆されました。また小学校を訪問して気づいたことがありました。それは低学年と高学年の人数を比べると圧倒的に高学年が少ないということです。なぜかと聞くと「高学年になると親の手伝いをするために出稼ぎに行って学校に来なくなる子が多い」と言っていました。日本では考えられない現状にとても驚きました。

この現状を見て、発展途上国の子供達に勉強を教えたいという私の思いはますます大きくなりました。いつか、発展途上国で十分な教育を得られていない子供達に、より良い教育を行い学びの大切さを教えてあげるのが私の夢であり、役目であると感じました。

 また地雷の被害を受けた2人の方に話を伺いに行った時には、幸せとは何かという質問をしました。すると、2人とも共通して「家族が健康で平和に過ごせること」とおっしゃっていました。今、何不自由なく暮らせている私たちはこの言葉がとっさに言えるでしょうか。真っ先に自分の幸せではなく、家族の幸せと答えられるでしょうか。もちろん、全員ではないですが何不自由なく暮らしている私たちにとっては家族が健康で平和でいる事が当たり前になってしまっているのです。

一日三食食べられる事・学校に行ける事・家族が健康で平和でいること、自分たちにとっては当たり前の事ですが世界のどこかでは当たり前ではないかもしれません。だからこそ、自分たちの気づいていないところで当たり前の幸せがあるという事を知る事が大切です。何不自由なく暮らせている私たちに比べ貧困家庭の多いカンボジアは一見幸せではないように思えるかもしれません。しかし、そんな中でも幸せだと感じ、生活している人もいます。

 人それぞれ幸せの感じ方は違うかもしれないけれど、当たり前の事が幸せだと気づけていない私達の幸せは果たして本当の幸せと言えるのでしょうか。

この文を読んだ後、初めの問いかけを思い出して考えてみてください。

 

あなたにとって幸せとは何ですか。

体験を通して伝えたいこと

投稿者: 金城 里奈

私は、おきなわ国際協力人材育成事業の国際協力レポーターとしてカンボジアへと旅立った。そこで、NGOが行っている様々な活動を視察することができた。

最初は、地雷除去の活動をしているテラ・ルネッサンスへ行き、地雷被害者からお話を伺った。自分の中のイメージでは、まだまだ多くの地雷が残り、生活に苦しんでいる方が大勢いると思っていた。だが、実際は他国の支援もありながら、今では住民の住んでいない山の中などにしか残っていないため、満足した生活が過ごせていると話してくれた。また、家族が健康で笑顔に暮らせているから十分幸せだともおっしゃっていた。そこから、自分の中にあった途上国に対する不憫な思いは消え、反対にそういった当たり前の幸せに気づけていない自分たちは幸せを無駄にしていると感じた。

その後、ジャパンハートへ訪問した。そこでは、日本だと使ったら当たり前に捨てる医療用具を洗って再利用していた。現地の環境に合わせて、あるものを無駄使いせずに柔軟に対応していることに自分はとても驚いた。テレビなどで少しは知っていたつもりだったが、実際は、知らないことだらけで知っているつもりになっていたのだと気づき、もっと深く知る必要があると感じた。

 そして、いよいよ待ちに待ったホームステイの日が来た。お風呂は、雨水がためられた浴槽を使って水浴びをした。思った以上に汚くて、はじめは抵抗感があった。しかし、実際に使うと、カンボジアの中に少し入れた気がして嬉しくなったし、自分の成長さえも感じられた。ホストファミリーと一緒に折り紙やシャボン玉などで遊んだときは、言葉の違いなど関係なく、楽しい時間を過ごすことができた。その中で、直接関わって過ごすことが大切な時間であることを思い知らされた。日本にいると、スマートフォンばかりに目がいき、家族と一緒にいる時間の大切さを忘れていた。カンボジアに来て、家族の大切さは本当に学ばされた。

 翌日には、地元の小学校に行った。みんな元気で笑顔いっぱいで目が輝きに満ち溢れていた。みんな本当に楽しそうに自分たちと遊んでくれて、一緒に遊んだ時間は1時間程度

しかなかったが、離れるときは本当に寂しい気持ちでいっぱいだった。絶対ここにまた戻ってきたいとまで思った。

 その後は、ポルポト時代の歴史がまとめられたトゥール・スレン博物館とキリング・フィールドへ行った。私は、正直カンボジアへ派遣が決まるまでポルポトのことは全く知らなかった。しかし、国を統一させるためにポルポトが残虐な殺し方をしたり、ひどい拷問をしていたり、なぜ今までこのことを自分は知らなかったのだろうと感じた。確かに、あまりにも残酷すぎるため学校では、このことについて勉強したことがなかったのだろう。本当にポルポトがしてしまった過ちは、人間がするようなことではないと思う。だが、この過去をそのままのするのも間違っている。実際、自分以外にも知らない人はたくさんいる。そこで、自分が周りに伝えることで少しでも多くの人が平和の大切さについて考え、自分たちの意見を訴えることの重要性をもう一度考えるきっかけにしてほしいと強く思う。

今日本は、平和な世の中が続き、この日常が当たり前になっているが、世界を見渡すとまだ戦争が終わっていない国も少なくはない。自分たちも実際、平和講話を小さい頃から受けてきているが、真面目にそのことに向き合っている子は少ないと感じる。また、選挙でも投票率が低く、特に若者の投票率の低さは問題視されている。だからこそ、学んだことを伝え、自分たちにおける問題と照らし合わせて考えていくことが大切だと思う。

私が思う国際協力の在り方

投稿者: 金城 育穂

7月の末から約11日間国際協力レポーターとしてカンボジアに行ってきた。カンボジアに着いて空港に降りると自分が想像していた以上に綺麗な空港で、“発展途上国と言ってもこんな綺麗な空港があるんだ。いい国じゃん。”と感動したのを覚えている。

 研修が始まり研修2日目に地雷の被害を受けた方の家に訪問した際に、今の自分たちの暮らしは貧しいと思うかと尋ねてみた所“自分達の暮らしが貧しいとは思わない”と真剣な眼差しで迷う事なく答えたのだ。それを聞いて今の自分たちの楽しんでいるように感じたと共に毎日を一生懸命に生きているのだなと感じた。また、ホームステイの為に訪れたロカブッス村では子供たちの姿がとても印象に残っている。私達が持って行ったお土産一つひとつに興味を持ってくれ、そのお土産の遊び方を見様見真似し、初めて見るものだからかとても楽しそうに遊んでくれた。それも一人で遊ぶのではなく村の子供たちみんなで遊んでいて、誰かが一人になるという空間を作らないというような雰囲気を感じることが出来た。

しかし、このように毎日を楽しそうに生活をしている子供達とは反対に、生きる為に毎日を必死に生きている子供達もいた。それはアンコールワットでの経験だ。アンコールワットに着いてしばらく歩くと物乞いをする子供達がいた。物乞いをする子供達の多くは私達の近くには寄ってこず、その場に座って自分の前にお金を入れる為のお皿のようなものを置いて泣いていた。その子達の横を何もせずに通り過ぎるのはとても辛かったのだが、ある物乞いをする親子の横を通り過ぎる時にガイドをしてくれていたトムさんが顔を顰めたのだ。顔を顰めた理由を聞くと、“自分も以前はあの人達を可哀そうに思いお金を与えていたのだが、後にその人達がお金持ちだという事を知り、良い印象がない”と仰っていて、物乞いをする人達は皆生活が貧しい人ばかりではないと分かり衝撃を受けたと共に、毎日を必死に生きる為に物乞いをする人達に対してとても失礼な行為だと思った。同じ国でも地域によって生活の仕方がこんなにも違うのかとも感じた。

研修5日目にカンボジア国立母子保健センターを訪問した際に“カンボジアでは救急車に道を譲る文化が無い”という問題点を聞いた時に、バスから見た風景を思い出した。カンボジアではバイクが多く利用されていて、道路をバイクが走っているのをよく目にしていたのだが、その全てのバイクが他のバイクに道を譲るという行為をしていなかったのだ。皆自分の行きたい道だけを行くというような感じで十分な車間距離も取らず、事故に合わないか心配になる場面を多々目にした。このような状況があっては救急車に道を譲らないのも当たり前だと感じた。空港で感じた感動は目の前にある建物に対してなのであって、この国の町を少し歩けば良くない点も見えてくるものなのだと思わされた。それと同時にこの問題は改善しないといけないと思った。全ての人がそうであるわけではないのだが、アンコールワットの物乞いをしていた親子と同じように一部の人は自分の事しか見えていなことがあるように感じた。この考え方をどうにか変える事が出来ればカンボジアはもっといい国になり経済発展の力にもなるのではないだろうか。また、このように働きかけることも私達が出来る国際協力の一つの手段だと思う。

 

この働きかけをする為にも、私が見てきたカンボジアの現状を沖縄の人達にも伝えていきたい。私が伝えていく事で、少しでも発展途上国に興味を持ち、発展途上国を身近に感じてくれれば自分達が出来る国際協力について考える機会も増えていくと思う。この機会を機に国際協力に携わりたいと思う人が増えて欲しい。そう思う人が一人でも多く出てきてくれる為にも、私自身が国際協力について発信できる人材になれるよう頑張りたい。

『幸福の価値観』

投稿者: 岸本 未咲

私がカンボジアに行く前にカンボジアに対して抱いていた印象は、「生活するので精一杯、貧しくてかわいそうな国」というものでした。

 カンボジアについて最初に訪れた視察先はNPO法人『テラ・ルネッサンス』でした。ここでは、地雷の被害による障害を抱え、この団体から支援を受けた人々の話を聞きました。話をしてくださったお二人は、私たちがどんな質問をしても嫌な顔をせず全部の質問に答えてくれました。一人目の、地雷被害者であるハンさんは、地雷被害による障害を抱えながらも農業で生計を立てようとし、何度も失敗を繰り返してたくさんの借金を抱えてしまったそうです。ハンさんに、「自分は貧しいと感じたことはありますか。」という質問をすると、迷わず「ない。」と答えました。さらに、二人に「幸せとは何だと思いますか?」と聞くと、「家族が健康で一緒に暮らせるなら幸せだ」と、二人とも全く同じ答えが返ってきたことは、私にとって衝撃的でした。

私たち日本人は、地雷の被害を受けることもなく、生活環境も整備され、科学技術も発達し、とても恵まれています。しかし、私は時々、自分が「恵まれていない」、「貧しい」と感じるときがあります。満ち足りているはずの日本人がそのように感じるのはなぜでしょうか。日本人が贅沢になりすぎたのでしょうか。それともカンボジアの環境が未だ日本に追いついていないことが原因でしょうか。

話を聞いたお二人とも「家族の幸せが自分たちの幸せである」と話していました。カンボジアの人達の幸福の価値観は自分の幸せではなく、大切な人の幸せに基づくのではないかと考えます。またこれは、日本人には欠けているところのように思います。日本は、カンボジアよりも技術や知識を持っており、物資的に豊かです。しかし、そうした環境に恵まれないカンボジアの人々は家族愛にあふれる心があり、幸福感を感じています。

ホームステイ先や小学校を訪問した際には、きれいな洋服やエアコン、シャワーがなくてもみんな笑顔いっぱいで、遊ぶものが少なくても工夫して遊んでおり、とても幸せそうな人々の姿が見えました。それをみて、私が最初に抱いていたカンボジアの印象はやはり間違いだったと気付きました。カンボジアの人は今の状況にさえ幸福感を抱いていて、決して「かわいそう」ではないということです。私は、自分たちの幸せの価値観を勝手にカンボジアの人達にも当てはめて考えてしまっていました。そしてこの時、日本の幸せの価値観とカンボジアの幸せの価値観には大きな違いがあるということに気づくことができました。

 私は、カンボジアの人から幸せの価値観について学びました。『他者の幸せ』=『自分の幸せ』。それは、とても素晴らしいもので、この価値観を世界中の人が持てたらよりよい未来が作れるのではないかと思います。この価値観を私やみんなの中に培うためには、まず自分が今持っているもの、自分に足りないものを把握し現状を知ることが大切です。そして、ここで重要なのは、自分に足りないものを新たに得ようとすることよりも、今、自分が持っているものに感謝の気持ちを忘れずに持つことです。

 

自分の幸せも大切です。しかし、その幸せを得ることができるのは相手の存在があるからこそです。自分の幸せだけではなく、相手のことも考えられる人が増えれば、互いに優しく接し得るため、みんなの幸福度も上がると思います。また、相手を傷つけることもなくなり、争いも減るでしょう。そうして、だんだん助け合いの輪も広がれば、世界がより平和に、みんなが幸せに近づけると思います。カンボジアの価値観を見倣って、より良い未来を、まずは私達から作っていきたいです。

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