レポート

視察先:6日目 カンボジア国立博物館、キリングフィールド

投稿者: アンドレス 令子

今日はカンボジア国立博物館と、キリングフィールドを視察しました。

博物館では、仏像をはじめとしたカンボジアの歴史や文化を感じさせる展示物をみてきました。国際協力において、その土地の歴史、背景を知るということは前提になると思うので、知識を入れるという点で意義のある視察でした。また、展示の仕方、職員の意識についての問題点がありましたが、ダメ出しだけでなく、その原因、改善策について考えたり、そこから学ぶことを考えていこうと思いました。

キリングフィールドは、ポルポト政権時に収容所から多くの人が運ばれ、殺害された場所です。音声ガイドの案内により、殺害に至るまでの流れ、無残な殺され方などを知りました。私が特に印象に残ったのは、キリングツリーです。キリングツリーは、虐殺に使われた木でのことで、ここでは赤ん坊が脚をつかまれ、頭を木に叩きつけられて死んでいきました。
実際の場所を見るのはとても心が痛くなりました。それでも、同時に知ることの大切さを実感しました。

善と悪において、悪がなければ善が成り立たないように、過去の無残な歴史があって平和が成り立つのだと思います。これからの未来を担う私たちだからこそ、きちんと過去を知り、平和を発信していきたいです。

視察先:6日目 トゥール・スレン虐殺博物館

投稿者: 知念 大虹

トゥール・スレン虐殺博物館は、カンボジアの首都プノンペンにある、1975年から1979年にかけてカンボジアを支配した、ポルポト率いるクメール・ルージュ政権による虐殺を後世に伝える為に設立された博物館です。

トゥール・スレン虐殺博物館は、JICAの草の根事業として沖縄平和祈念資料館等と協力し、展示物の展示方法の改善等に取り組んできたそうです。この活動は約7年間続き、JICAでもかなり高い評価を得、賞を受賞したそうです。今日は館長からお話をいただき、多くのことを聞かせていただきました。
トゥール・スレンは1960年代は高校で、1975年から1979年まで、収容所として使われていました。当時は今の6倍の敷地を持っており、毎日数千人もの人が、地方から連行されてきたそうです。地方から集められた人々は、ここで長期間拷問され、嘘の供述をさせられた挙句、キリングフィールドで処刑されたそうです。ちなみに、クメール・ルージュ政権下では、知識人や僧などの教育を受けた人、ましてやただ単にメガネをかけていたり、手が柔らかいという理由だけで連行させられたそうです。クメール・ルージュは「原始共産主義」の思想の元、知識人などを「敵」とみなし、処刑していたのです。
1979年にベトナム軍がここに来た際、拷問道具や多数の血痕、人の内臓の一部が発見されたため、ここを「収容所」と断定したそうです。
ポルポト率いるクメール・ルージュ政権が崩壊したのは1979年1月7日で、トゥール・スレン虐殺博物館もその直後に開館し、当初はクメール・ルージュにより生き別れた親戚を探しに多数の人が訪れたそうです。その人達に、知っている人の写真に名前を書いてもらい、写真に写っている人物を特定したりしたそうです。
トゥール・スレンは、表向きは政治犯収容所でしたが、実際は、大規模な収容所兼拷問施設でした。累計で107万人が収容され、生還したのは大人7名、子供4名だけだったそうです。「許そう、でも忘れない」。この想いの元、この悲惨な歴史を次世代に伝えていく活動を続けると、館長は固い決意と共に述べていました。
私にとって、沖縄も我々の歴史を伝え続けることがどれだけ大切なのかということを考えさせられる時間でした。

視察先:5日目 JAPAN HEART

投稿者: 當山 明依

今日私達はカンボジアにある無償で治療を受けられるJAPAN HEARTという所に行きました。

JAPAN HEARTは「医療の届かないところに医療を届ける」という理念を掲げており、発展途上国を初め日本の離島医療や災害医療、人と患者の心のケアを中心に活動を行っています。主な活動として給食プロジェクトと夢の架け橋プロジェクトがあります。

給食プロジェクトとは、小児がん患者に安全かつ病態に即した食事を提供しようというもので、提供する食事を作るための給食センターが今年の6月に建てられ現在は運営を目指し準備中です。
夢の架け橋プロジェクトとは、医師や看護師を目指しているカンボジアの学生の授業料を里親としてSNSを通じて全額負担するものです。これらは学生の役に立ちたいと興味を持ってくれた人が善意だけで行っています。現在は医師を目指す人13名、看護師を目指す人11人がこのプロジェクトを受けています。

JAPAN HEARTで私が1番驚いたのが短期・長期ボランティアとして働いている酒井さんと山口さんが経済学部と文系でどちらも医療関係に全く無縁だったということです。それでも、スムーズに病院の活動が回るように手伝いをしたり、病院の活動情報を提供するという仕事にやりがいを感じているとおっしゃっており、楽しんで仕事をやり通す事、自分に出来ることを探す事は本当に大切な事だと思いました。

そして嘉数医師との質疑応答の時間に、国際協力に必要な人材とは?という質問に対して嘉数医師は「柔軟な姿勢で対応し、自分を変えていける人。」と応答し、自分が変われば相手も変わるとコメントしていました。確かに、他人を変えることよりも自分が変わることで相手に与える影響力の方が大きいと実感しました。

視察先:5日目 カンボジア国立母子保健センター

投稿者: 金城 育穂

今日はカンボジア国立母子保健センターに行きました。ここでは日本人専門家が多く働いています。医療は勿論その他医療に関係する専門家も多く働いています。このセンターは2004年に優しい病院10ヵ条に認定されており、国からも信頼されているセンターとなっています。

ここでは出産を迎える母親、出産を終えた母親がいます。私達が訪問した時は両親学級といって退院する前の母親に赤ちゃんの扱い方を教える講義を行っていました。カンボジアでは頭を冷やしてはいけないと信じられていて両親学級にいる母親は皆ニット帽のような帽子を被っていました。この学級は父母の赤ちゃんに対する知識不足がとても深刻で、その問題を解決する為に開かれました。その他にも日本の母子手帳に似たノートがありその中には赤ちゃんに対する接し方など、赤ちゃんに対する知識を養うために多くの取り組みがなされていました。
このように母親と赤ちゃんをサポートするセンターは''ケアを行うスタッフが赤ちゃんがお腹の中にいる時から、お産のプロとして関心をもつ''という事を大事にしており、母親と接する看護師の意識付けもとても大切にしているのだなと感じました。
しかしこのとても素晴らしい施設を訪問していて、私は2つの改善した方がいいのではないかと思う点を見つけました。まず1つ目は施設の中は気温が高い事です。この気温のせいで母親が汗をかきその汗をかいた状態でいると衛生的にも良くないし、体を冷やし風邪をひいてしまうのではないかと心配になりました。2つ目は、未熟児とみなされる体重が1500g未満と非常に軽い事です。日本ではありえない数字で、この未熟児とみなす体重も見直すべきなのではないかと思いました。
この2つの点を改善出来ればもっと良い施設になるのではないかと感じると共に、母子を大切にするこの国の雰囲気というものも感じる事が出来ました。

視察先:5日目 カンボジア事務所

投稿者: 島袋 みこと

JICAカンボジア事務所へ訪問に行きました。

ビルの中に入ると、とてもキレイで、いたるところにポスターがあり、とてもカラフルで明るい印象を受けました。

私たちはまずJICA側からの自己紹介を受け、その後にメンバー1人1人の自己紹介をしました。その際、名前、学年、学校名の他に一言ずつ自分の事について話したのですが、みんなそれぞれ違う視点で国際協力について考えている事を知るいいきっかけにもなりました。

その後JICA側の職員からスクリーンによる説明と質疑応答の時間にうつりました。
スクリーンよる説明では、数字でみたカンボジアと、カンボジアにおけるJICAの支援について話を聞くことができました。数字でみたカンボジアの話では人口が少なく、そのため産業発展がしずらいことや、電気代が高く電化率が58%という問題点の他に、経済成長率が7.3%でASEAN諸国で1番の経済成長率が高いことを知ることができました。

そしてカンボジアにおけるJICAの支援については国家開発戦略や産業復興について話を聞くことができました。この中で私が気になったのは体育科教育の普及についてです。日本では当たり前の体育教育ですがまだまだできておらず、体育教師も足りていないということを知りました。私の通っている那覇西高校は体育科がある学校ということや、部活が盛んで体育教師を目指す人が多いので、体育教育として国際協力ができるということを周りに伝えたいなと思いました。

最後、質疑応答の時間にJICA職員の方から、国際協力をする上で、現地の人に対して上から目線ではなく、対等に付き合いお互いに成長していってくださいという言葉をもらい、国際協力に携わっていく人材としてのあり方が見えたメンバーでした。

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