レポート

参加者レポート < ミャンマー >

浦添高校1年櫻井 久玲愛と一緒にかっこいいヒーローになりませんか?

投稿者: oicYOUTHs 事務局

OICユースに参加して

 

沖縄県立浦添高等学校 一年 桜井 久玲愛

 

    OICユースのプログラムで7月31日~8月9日までミャンマーに行ってきました。

 私は、この研修に参加できることになりとても嬉しかったのですがミャンマーについてあまり知識がなく正直不安もありました。

 しかし、ミャンマーに実際に行くことにより自分の視野を広げることができました。そこで私は衝撃をうけることが何度かありました。

 それは、日本とミャンマーの老人ホームの違いです。なぜなら、日本の老人ホームは介護者の方が近くでサポートしているのを見たことがあるので楽しそうな温かいイメージがありましたが、ミャンマーで見た老人ホームは、介護者が中々見当たらず野犬がいてトイレも当番制とかではなく気付いた人がやるという話を聞いて衛生環境が良くない状態だったからです。そこで急遽沖縄紹介をすることになり緊張しました。しかし、一緒に踊りましょうというと笑顔で踊って下さり帰る時に何度もありがとうと感謝されて涙が出そうになりました。その時に、この方達の力になれないのかなと思うようになりました。

 私はこの研修に参加して、沢山のことを学びました。私が強く思ったことは貧富の差です。この言葉は発展途上国というとよく聞く物でしたが実際にどの位差があるのかよく分かりませんでした。しかし、欲しいものがあったらすぐ買える裕福層な方たちもいれば毎日生きることに必死で物乞いをする人達もいました。私はどちらの体験もすることができ何で同じ国に住んでいるのにこんなにも違うのかと疑問に思いました。ましてや同じ地球に住んでいて同じ人間なのに。

 貧富の差をなくすことはかなり難しいことかもしれないが少しでも差を狭めることはできると思います。その為に私たちは募金やリサイクルに取り組むことになりました。一時的だけでなくこれからも継続できるように努力していきたいです。今私達にできること、それは大きなことじゃないかもしれません。しかし小さなものが集まれば大きなものになるのです。一人でも多くの助けを求めている方を救えるそんな人になりたいです。

 皆さんも、私達と一緒にそんなかっこいいヒーローになりませんか?

 

国境を越えた国際協力は身近な日本でも!?読谷高校2年座喜味 優衣香が伝える「できること」

投稿者: oicYOUTHs 事務局

「できること」

 

沖縄県立読谷高等学校 2座喜味優衣香

 

あなたが思う国際協力とはなんでしょう。この事業に参加する前の私は、国と国とが協力することは私1人になにかできることではないと考えていました。国際協力は大きい企業や団体がやっていることだと思っていました。しかしこの事業に参加してわかったことがあります。それは、国際協力は個人でもすることができるということです。たしかに、「国際協力」ときいて自分がなにかできるかもしれないと思う人は少ないでしょう。私がこの事業を通して考えた「国際協力」とは、国境を越えて誰かのために自分ができることで協力をしたり触れ合ったりするということです。高校生の私にとってなにができるのだろうと考えた時、自分が今までやってきた部活や習い事などこれだったらできるとかこれなら得意だからという何かでいいのです。その自分がやってきたことが誰かのために役に立つことができたり、喜ばせることができたりすればそれがあなたの国際協力になるのです。  

   今回は実際に途上国のミャンマーに視察に行きました。この国は発展が進むなかで貧富の差が広がっていき、また医療制度などが充分になく病気になっても病院に行けないという現状があります。しかし、人々は優しくあたたかい人ばかりでとても人懐っこい人たちばかりでした。そして誰一人として私たちを拒むことなく受け入れてくれました。そして視察先の中には青年海外協力隊として活動している日本人の方もいて、やはりみなさん自分ができることをミャンマーの人に教えていたり、自分が今までやっていたことが役に立ったりしていると言っていて、国際協力をするからといってなにか特別なことをしなければいけないわけではないという事を実感しました。

   最初に国際協力とは国境を越えて誰かのために自分ができることで協力をしたり触れ合ったりするということ。と言いましたが、なにも今すぐに国際協力をするということではなく、まずは自分が住む日本という国で沖縄という場所で何か周りの人に手を差し伸べたり、友達の不安や悩みを聞いたり、自分の周りから協力をしていくということが大切だと思います。これなら日本を出なくても簡単に普段の生活で誰でもできることだと思います。また募金をすることは日本にいながら国境を越えて誰かの役に立つのではないでしょうか。国際協力というのは誰にでもできることなのです。必要なのは相手を理解しようという気持ちだけでいいのです。

 

糸満高校2年神谷 百恵がミャンマーへ訪れ考えた、今取り組むべき二つのこと。

投稿者: oicYOUTHs 管理者

私の中で生き続ける出会いとともに

 

沖縄県立糸満高等学校 二年  神谷百恵


 のんびり。なんだか羨ましい。テレビ番組で芸能人が発展途上国の家に宿泊しているのを見て、そう思った。同時に、洋服や家が汚れているうえに生活に余裕があるように見えない。だけど、貧しさの中に家族団欒の癒しや沢山の笑顔、別れの時に流す涙を見た。私はいつしか、便利な生活だけが全てではない事を感じさせる発展途上国の空間に憧れを抱いていた。

 

 今年の夏、私は国際協力人材育成レポーターとしてミャンマーを訪れた。空港でまず目にしたのは入国審査の隣で昼食をとる職員、カートに乗りながらカートを片付ける職員だった。始めはそれでいいのかと驚いたが、日本では決して見ることのないシーンに、人々の自由で気ままなゆっくりとした時の流れを感じた。心のどこかで「思い描いていた通りだ」と自然と笑みがこぼれた。

 

 この研修期間に、福祉の面で日本との違いについて学ぶため、老人ホームを訪問した。正直、想像を絶するほど汚かった。老人ホームにいたのは、介護の手が無いお年寄り、親に捨てられた幼い子供だった。施設数180人に対して住居人数3700人という切羽詰まる中、与えられた僅かなスペースに座る彼らの中に笑顔は無かった。ここ9年間で1200人が亡くなったという。その話を現場で聞き、現場の匂いを感じ、この様な場所で生きる人たちがいる現実を自分の目で見て、彼らに流れる時間がとても重いものに感じた。この様な現状が私の生きる同じ地球に存在し、知らずに生きていることをとても恥ずかしく思った。そこで見た光景は一生忘れないと思う。

 

 危険、貧困、かわいそう、そんなネガティブな言葉は発展途上国のイメージに、どうしてもつきまとってしまう。私はそのイメージだけが発展途上国の全てではないことを学んだ。それは日本が発展途上国に対して支援するだけではなく、資源のない日本にとって発展途上国からの資源の輸入が国の繁栄を支えるということだ。沢山の視察先で研修を終え、自分の中で考え方、捉え方の視野が確実に広がっているのを感じた。その中で自分のすべき事を2つ見つけることが出来た。

 

 まず1つ目は、発展途上国による恩恵について多くの人に理解してもらう事だ。その為には、レポーターの役目として見て感じたことを、リアルな自分の言葉で発信していくことが大事だと考える。身の回りに在る無数の物資が発展途上国の資源から存在し、その恩恵に感謝している日本人は少ないだろう。発展途上国が、日本と無関係ではなく、生きていくためには、協力して取り組む必要であることを発信したい。

 

 次に2つ目は将来の夢に向けて日々の勉強や部活を懸命に取り組む事だ。現在、多くの先進国が発展途上国に支援を行っている。けれども、その救い手が助けを求めようとする全ての人に届くとは限らず、救い手の届かない人々をこの研修を通して何度も見た。病気を患っても簡単に病院に行けない理由は社会保障制度が整っていないという背景があると学んだ。私は将来、医療や福祉の道に進もうと考えている。日々の勉強で学んだことを活かし、支援の届かない人達と繫がり、生きる希望を与えられる大人になりたい。

 私の住む日本は様々な物資で溢れ、豊かといえる衣食住が当たり前にある。当たり前と思っている些細なことを、とても尊い事であると胸に刻み、日々の暮らしを大切に過ごしていこうと思う。

 

 様々な視察先で、育まれた沢山の温かい思い出と沢山の知識や経験を与えてくれた、ミャンマーという国が本当に大好きになった。そのミャンマーで触れた沢山の温かさや、貴重な経験に感謝している。私の中で生き続ける出会いとともに。

 

ミャンマーで沖縄尚学高校1年下地 実香子の将来の夢が固まった!

投稿者: oicYOUTHs 管理者

ミャンマーで学んだこと

 

    沖縄尚学高等学校 一年 下地 実香子

 

私の将来の夢は薬剤師になり、海外で活躍することです。海外といっても、先進国ではなく、医療技術などがまだ発達してない国でその国の発展に貢献したいと考えています。自分の夢を叶える上で、日本がどのような形で国際協力を行っているのかということに興味があり、今回、おきなわ国際協力人材育成事業に参加しました。

 

はじめての発展途上国で、ミャンマーという国名を聞いた時はあまり聞き慣れない国で不安な気持ちでしたが、同時に楽しみに思う気持ちもありました。ミャンマーに対してのイメージは、発展途上な国ということもあり、道にゴミなどが散乱していたり、人間性に関しては日本人のようには優しくないのではと思っていたりしました。七月三十一日に約五時間かけてミャンマーに到着しました。外に出てみると、とても暑くて、気候は沖縄に似ていると感じました。最も印象に残っているのは、初日に訪問したタバワ老人ホームです。そこでは、約三千七百人もの人々が生活していました。老人ホームと言っても、高齢者だけでなく、若い世代や幼い子どももおり、日本とは全く違うと感じました。ホームには、歯科や眼科、レントゲン室などの設備があり、医療面においては充実しています。しかし、薄暗い大部屋にマットレスを敷き、一日中横になっている人たちを見て、この人たちは幸せなのだろうかと思いました。改善したくても、莫大な費用がかかってしまうため、簡単にはできないという現状を知り、初日から、なんだか悲しい気持ちになり、どうすればこのような状況を変えることができるのかと思いました。

 

研修六日目、ホームビジットをするためにヤンゴンからマンダレーという都市へ移動しました。ホストファミリーがウッペイ橋に連れて行ってくれた時、物乞いをする人をたくさん見かけました。私たちのホストファミリーは非常に裕福な家庭で、それまでに目にした人々の暮らしとはかけ離れた生活でした。同じ国でも、こんなに貧富の差があることに驚きました。私たちはホストファミリーに日本のことを紹介するため、肉じゃがを作りました。美味しいと言いながら食べる姿を見て、日本料理を受け入れてくれているのだなと嬉しい気持ちになりました。

 

今回の研修を通して、私は、国際協力の大切さを学びました。研修前までは、国際協力とは、知識や技術を提供しているに過ぎないと思っていました。しかし、多くの関係者の話を聞き、国際協力とは人と人との繋がりを築くことであり、支援することで日本も助けてもらっているんだと気づくことが出来ました。言葉は通じませんでしたが、ミャンマーの人たちは私たちに積極的に話しかけてくれたり、優しく接してくれたり、ミャンマーに対してのイメージも大きく変わりました。私は薬剤師になり医療支援がしたい、と改めて思いました。今回、経験したこと、学んだことを家族や学校の友人に伝え、将来の夢を実現するため努力していきます。そして、沖縄・日本と開発途上国との架け橋になる人材になりたいと思います。

 

「世界中の人間に共通する幸せとは何か。」OIC事業を体験した宮古高校 親泊千明の答えとは。

投稿者: oicYOUTHs 管理者

ARE YOU  HAPPY?

      宮古高校 一年 親泊 千明

 世界中の人間に共通する幸せとは何か。私は「生命エネルギーが溢れ、情熱を持ってやりがいのあることを続けること」だと思う。

この考えは「沖縄国際協力人材育成事業国際レポーター」に参加した体験から生まれたものだ。

私はこれまで幸せについて真剣に考えたことがなかった。幸せというと、楽しいとか充実しているという感覚だと思っていた。しかし今回の研修で出会ったミャンマーの方々の姿から、「幸せとは何か」と自問自答するようになり、答えを探した。そのヒントになった体験が今回の研修で三つあった。

 一つ目は研修初日に訪問した老人ホームで、幸せとは思えない光景を見た時の事。ひとりたたみ一畳程のスペースで生活している人々。うつろな目をしていてあまり元気がなく、何もすることなく、ただ生きているだけなのかな、と感じてしまった。衣食住が満たされているだけでは人間は幸せとはいえないと考えた。

 二つ目はワッチェ慈善病院を訪問し、看護師として働いている日本人スタッフの仕事について学んだときの事。医療機器や器具が乏しく、カーゼ作り等の雑用も多い。さらに医師や薬剤師が少ないために、看護師が外科処置や薬の配合まで行っていた。日本ではありえないことだ。このように多忙で責任が重い仕事をしていたにも関わらず、現場で働いている日本人スタッフ顔は、生き生きとしていてとても輝いていた。そして「私は一生懸命に今を生きています。」という自信に満ち溢れていた。きっと自分ができる事を見つけ、全力で取り組んでいるのだと感じた。その姿はエネルギーに満ちていた。「この人達は幸せだ」と、その姿に感激した私は、自分もこういう高尚な人に、全力で自分がやりたいことをする人になろうと決意した。

 三つ目の体験は、ミャンマーの子ども達と本気で遊んだこと。小学校を訪れた時に会った子ども達は、エネルギーに満ち溢れていると感じた。授業中の発表ではお腹の底から声を出したり、友達同士楽しそうに笑っていたりした。一緒にいる私も小学生だった頃のように子ども達と全力で遊んだ。楽しくて力が漲るのを感じた。日本の子ども達は、こんなに無邪気に元気いっぱいで遊ぶだろうか、と思った。

私は小さい頃から自然が大好きだ。両親がいろいろな自然体験をさせてくれたおかげだ。小学六年生の頃から、宮古島で貴重な山林で散策を始め、生き物観察や外来種であるインドクジャクの調査をした。また気持ちが焦ったり落ち込んだりした時には山林を訪れ、気分転換をした。中学生になり、このような宮古島の自然の魅力を多くの人に知ってもらい、散策の仲間を増やしたいと考えるようになった。

昨年、思い切って友人と自然散策ガイドに挑戦した。三十名の親子が参加してくれた。散策を終えた子ども達は、大はしゃぎをして伸び伸びとした表情だった。それを見て、人間は自然と触れ合うことでエネルギーが高まる、と確信した。そうしてこれからも自然散策ガイドを継続することに決めた。

今年、私が所属する宮古自然クラブは、宮古島の自然環境を保全することを目的にして、自然に関する啓発活動を行う予定だ。山林の自然散策ガイド、子ども向け自然ガイドのワークショップ、山林の清掃活動、サシバの観察会等を計画している。人間のエネルギーを高めてくれる貴重な自然を守ることは、世界の幸せのために不可欠だと私は考えている。

研修に参加して私が成長したと思う点がある。それは「世界の幸せとは何だろう。そしてそのために私ができることはなんだろう。」と考えるようになったこと。また私達が地域の人や自然環境のために行う活動が、実は自分自身を幸せにするのではないか、と気付いたこと。自分にエールを送り、仲間と共に活動を続けたい。


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