レポート

参加者レポート < ミャンマー >

「本当の国際協力とは」沖縄尚学高校 下地実香子

投稿者: 下地 実香子

「ミャンマーで学んだこと」

私の将来の夢は薬剤師になり、海外で活躍することです。海外といっても、先進国ではなく、医療技術などがまだ発達してない国でその国の発展に貢献したいと考えています。自分の夢を叶える上で、日本がどのような形で国際協力を行っているのかということに興味があり、今回、おきなわ国際協力人材育成事業に参加しました。

はじめての発展途上国で、ミャンマーという国名を聞いた時はあまり聞き慣れない国で不安な気持ちでしたが、同時に楽しみに思う気持ちもありました。ミャンマーに対してのイメージは、発展途上な国ということもあり、道にゴミなどが散乱していたり、人間性に関しては日本人のようには優しくないのではと思っていたりしました。七月三十一日に約五時間かけてミャンマーに到着しました。外に出てみると、とても暑くて、気候は沖縄に似ていると感じました。最も印象に残っているのは、初日に訪問したタバワ老人ホームです。そこでは、約三千七百人もの人々が生活していました。老人ホームと言っても、高齢者だけでなく、若い世代や幼い子どももおり、日本とは全く違うと感じました。ホームには、歯科や眼科、レントゲン室などの設備があり、医療面においては充実しています。しかし、薄暗い大部屋にマットレスを敷き、一日中横になっている人たちを見て、この人たちは幸せなのだろうかと思いました。改善したくても、莫大な費用がかかってしまうため、簡単にはできないという現状を知り、初日から、なんだか悲しい気持ちになり、どうすればこのような状況を変えることができるのかと思いました。

研修六日目、ホームビジットをするためにヤンゴンからマンダレーという都市へ移動しました。ホストファミリーがウッペイ橋に連れて行ってくれた時、物乞いをする人をたくさん見かけました。私たちのホストファミリーは非常に裕福な家庭で、それまでに目にした人々の暮らしとはかけ離れた生活でした。同じ国でも、こんなに貧富の差があることに驚きました。私たちはホストファミリーに日本のことを紹介するため、肉じゃがを作りました。美味しいと言いながら食べる姿を見て、日本料理を受け入れてくれているのだなと嬉しい気持ちになりました。

今回の研修を通して、私は、国際協力の大切さを学びました。研修前までは、国際協力とは、知識や技術を提供しているに過ぎないと思っていました。しかし、多くの関係者の話を聞き、国際協力とは人と人との繋がりを築くことであり、支援することで日本も助けてもらっているんだと気づくことが出来ました。言葉は通じませんでしたが、ミャンマーの人たちは私たちに積極的に話しかけてくれたり、優しく接してくれたり、ミャンマーに対してのイメージも大きく変わりました。私は薬剤師になり医療支援がしたい、と改めて思いました。今回、経験したこと、学んだことを家族や学校の友人に伝え、将来の夢を実現するため努力していきます。そして、沖縄・日本と開発途上国との架け橋になる人材になりたいと思います。

 

「本当の幸せって何だろう」と何度も考えた 球陽高等学校・安里渚紗の夏。

投稿者: oicYOUTHs 管理者

「ミャンマー派遣を通して」


      沖縄県立球陽高等学校 二年 安里 渚紗


 「本当の幸せって何だろう」

私は今年の夏休み、沖縄県の国際協力人材育成事業で「国際協力レポーター」として、11日間ミャンマーへ派遣された。冒頭で述べたこの言葉は、私が今回の派遣を通して何度も考えさせられたことだ。


 ミャンマーは、いわゆる「発展途上国」と呼ばれている国だ。発展途上国といわれ、大体の人がイメージするのは貧困や危険、不便、などといったマイナスなことだろう。実際私自身も、そのようなイメージを持っていた。


しかし、行ってみると、ミャンマーはものすごく活気にあふれていて、温かい人や生き生きしている人が多いなと感じたし、毎日がワクワクの連続だった。その一方で、もともと持っていたネガティブなイメージを裏切らない現実にも直面した。「物乞い」だ。彼らは様々な場所や様々な方法で、私たちからお金をもらおうとしていた。また、研修の視察先であったある老人ホームの状態に驚いた貧しい方が多い老人ホームといっても日本にあるようなものではなく、一つの小さな部屋にたくさんの簡易的なベッドが置かれていて人間がすし詰め状態になっていたり、当たり前のように野犬もいたりした。とても衛生的だとは言うことはできなかった。


これらを目の当たりにして、私は、頭を殴られたかのような強い衝撃を受けた。ミャンマーへ派遣される前に事前に学習してはいたものの、実際に見ると、言葉にならなかった。そしてそこで何もできない自分悔しかった。また、不覚にも「彼らは本当に幸せなのだろうか」と思っていた。自分の中でのこの問いに対する答えとしては「人による」だと感じた。あの生活に不満を持つ人もいれば、住める場所があるだけありがたい、と思っている人もいるだろう。私は日本から来た人間で、初めてあの状態を目にしたときは、自分だったらこんなところに住めない、とか可哀想だ、という気持ちがあった。その気持ちというのは上から目線なのではないかとも感じた。自分の価値観に囚われてしまっていたのである。


 私たちはミャンマーの、ある小学校に訪問する機会があった。そこで子ども達と交流した。そこには貧しい家庭の子もお金持ちの家庭の子もいたが、みんな笑顔がとても輝いていた。世界中のどこへ行っても子どもというのは純粋でたくさんの可能性を秘めていると確信した。


 この11日間のミャンマーでの研修で、病院や身体障害者のための職業訓練校などを訪れた。そこで、たくさんのものを見て、聞、触れ、感じた。悲しい現実を何度も突き付けられた。そしてミャンマー人の人柄の良さや食べ物や文化を含めポジティブなところも数多くあった。私はそのようなまだ大方には知られていない途上国の魅力やそこにしかない良いところを伝えたいと思った。そのためには私たち派遣された人は、自分の家族や友人に感じたことを伝えることが大切である。そうすることで家族や友人も途上国について興味関心をもってくれるのではないか。そして、「途上国=怖い」というイメージを払拭したい。

【派遣生徒の感想文】 「輝く笑顔のために」  沖縄県立与勝高等学校 二年 横田花音

投稿者: oicYOUTHs 管理者
「輝く笑顔のために」  沖縄県立与勝高等学校 二年 横田花音

 

「ミャンマー」今まで生きてきた中で数えるほどしか聞いたことのない国。初めて派遣先を聞いた時の印象はそういうものでした。今年の夏、私は沖縄県の代表としてミャンマーに派遣されることになりました。小さなころから海外でのボランティアに興味があった私は、未知の国への好奇心が抑えきれず、不安な気持ちを蹴飛ばしてミャンマーへ旅立ちました。


舗装されていない道路、どこへ行っても歩いている野犬、車が走っている中平気で道を横切る人たち。初めてミャンマーの地に降り立った時、見るものすべてが初めてだらけで目がずっと輝いていたことを覚えています。

研修中、現地ではいろんな人と出会いました。家族に捨てられたご老人、幼いのに物を売る子供、障がいを抱えながらも職をもとうと奮闘する方、スポーツ選手を志す少年少女、楽しそうに勉強する子供たち。彼らのすべてに言えたことは、「皆笑顔がキラキラしていた」ということでした。たとえば、私たちが子どもに捨てられたご老人たちをカチャーシーで励ましたとき。最初こそは笑わなかった彼らも、私たちが帰る頃には笑顔で送り出してくれました。また、障がい者職業訓練校に通う生徒とディスカッションを交わしたときも、彼らはみな口を揃えて「未来が見える」「生きるのが楽しい」と笑顔で話していました。私は、その時の笑顔が忘れられません。


彼らは日本の老人や障がいを持つ人よりも裕福ではなく、生活に困っていたりしているはず。それでも彼らの笑顔はいきいきとして、輝いていました。彼らだけではありません。日本から来たボランティアの方々も大変そうなのに、何故かキラキラとしていました。


それはなぜだろう。私はとても不思議でしたが、答えは簡単でした。水道水が飲めなくて、川が濁っていて、道路がデコボコで。とても不便だけど、現地の人々はそれ以上に人が良くて、大変だけど、人と人との絆が自然と強くなれる。それがミャンマーをはじめ、発展途上国の魅力なんじゃないかと思いました。


実際に行って、彼らの笑顔を見ることで「彼らに何かして、キラキラとした笑顔をもっと作ってあげたい」という思いが行く前より何倍にも膨れ上がりました。何をすれば彼らは喜んでくれるだろう。そのために、自分たち今何ができるかという話を夕食の時間やホテルの一室に集まって毎日のように話し合いました。

「小さなことでもい。自分たちに出来ることをすればいいんだ。」

 仲間たちと出した結論。学生の自分たちはできないことが多いけど、できることがないわけじゃない。みんなで出した結論は、自分に出来ることでボランティアを行う青年海外協力隊のテーマに似ているなと感じました。このようなことを真剣に語り合える仲間たちと巡り逢えたのも、この研修に参加したからだと感じました。


 ミャンマーに行って、キラキラとした仲間たちと、現地の輝く笑顔に出会えて、自分をもっと磨くことができて、本当に良かったと思っています。この夏の思い出は、私の人生における大切な宝物です。私の夢は言語聴覚士で、いずれは青年海外協力隊として障がいを持つ人たちをサポートしていきたいです。数年後、発展途上国でボランティアとして働いている自分も、サポートしている方々も、あの時見たようなまた、それ以上に何倍もキラキラとした笑顔で笑えているといいなと思います。


 

【視察先・訪問先】 日本大使館

投稿者: 上地 海春

研修10日目

日本大使館は警備が厳重で、とてもドキドキしながら入りました。正直、大使館がどんな所でどういうことをやっているのか...想像が付きませんでした。

大使館の方のお話を聞いた時、大使館には様々な職種があることを知りました。ミャンマーの人に日本のことを知ってもらう為に日本語教育や、ミャンマーから他の国へ留学する人の支援を行う...などをしている班や、日本の企業が仕事をしやすくなるような環境をつくるという本当にいろいろな担当があって凄く驚きました。
また、ミャンマーに親日の人が多いのには歴史的なことが関係していることが分かりました。
私たちは大使館でこの10日間自分が体験して、1番印象に残った場所や今後、どうやって国際協力していくのか...など個人個人で発表しました。私は、ヤンゴン総合病院が印象に残っていて日本との設備の差や医療制度がまだ整っていなくて、収入が少ない方にとても負担がかかっているなと感じました。でも、雨がかかるような場所でお見舞いに来た家族が寝泊まりしている様子を見て、家族を大切にしているなと思い、日本も見習わなければならないところがあるのではないかなと思いました。実際に自分で見ないと分からないことが多くあって、体験することが大切だと思い、感じたことを伝えて多くの人に現状を知ってもらわないといけないなと感じたので、様々な国に行ってその国の現状を伝えていける人になりたいと思います!

【視察先・訪問先】ワッチェ慈善病院

投稿者: 横田 花音

研修9日目

今日はマンダレーの中にあるワッチェ慈善病院を訪問しました。ジャパンハートを始めとする様々なボランティア団体がスペースを借りているお寺の病院です。
ジャパンハートでは、日本人の看護師さんなどがボランティアとして給料なしで患者さんを診察したりします。看護師さんの制服や手術の時に着る服を着せて頂いたり、手術室では器具やベッドなどを見ながら現場で働く日本人の看護師さんのお話を聞いたりしました。
話によると、写真に写っているライトがない頃は懐中電灯で手術を行っていたそうで、学生などからの支援の大切さを学びました。日本では既成で一つ一つ作られているガーゼは、ミャンマーでは1から切って畳んで煮沸して作るらしく、その作業をさせていただきました。
ボランティアの看護師さんは朝5時から瞑想、6時からラジオ体操、朝8時から夕方5時まで勤務となかなかハードなスケジュールな上、無償で働いて、生活費や交通費も自己負担なのを知り、自分には到底できないなと思ってしまいました。
患者さんとお話した際には、バスで2時間かけてくる方や、船で3時間かけてくる方も多く、その理由にはボランティアなので医療費が安いのと、一日1000チャットの食費を貰えることにあるというのも知りました。
患者さんはみんな気さくで、沖縄紹介した際には「オジー自慢のオリオンビール」の「あり乾杯」にも笑顔で明るく応えてくれたり、ベランダからこちらに手を振ってくれるなどと最後にふさわしい盛り上がりようでした。
その後のみんなとの意見交換の時間では、医療が届かない地域があるのは、教育が足りていなかったり、政府のお金の使い方が誤っているのではないかなどと、広い視点で問題を見つけ、解決策をみんなで話し合うことができていて、初日に比べかなり成長したなと感じました。

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