レポート

美ら島に住む私にできること

投稿者: 當山 明依

皆さんは、「発展途上国」と聞いて何を思い浮かべますか。痩せ細った子供達。貧困問題。医療水準の低さなど様々な意見があると思います。私は自分の想像とネットの情報でしか知らない発展途上国を自分の五感で感じたいと思い今回の事業に応募しました。 

 この事業は、国際協力をテーマに沖縄県の高校生を発展途上国へ派遣し、グローバルな視点を持った若者を育成するという事業です。

 無事合格することができた私は、発展途上国の中でも「後発開発途上国」と呼ばれているカンボジアへ十一日間の派遣が決まりました。カンボジアへ派遣される前は、現地の言葉が話せないことやデング熱の流行など不安でいっぱいでした。

 しかし、実際カンボジアに行くと、沖縄の人々のように温かく、親しみ易い人が多く、不安が解消されるほど過ごしやすい国でした。

 私はJICAやNGO団体の活動現場視察、現地の方々との交流を通して二つの大きな学びを得ました。

 一つ目は、「支援の仕方」です。ジャパン・ハートを訪れた時に、医療物資が不足している為、日本では使い捨てされている手術着を何度も洗い、縫い直し、使えなくなるギリギリまで使い続ける現状があると知りました。

 そこで私は、日本で使い終わった手術着を捨てずに、支援として寄付するという案を嘉数医師に話して見ました。すると、嘉数医師は「日本に頼らず地域にあるもので高度な医療が出来るようにしたい。」と返答しました。喜んでもらえると思っていたので想定外な返答に戸惑いました。それと同時に、自分がカンボジアの医療を上から目線で見ていたと自覚しました。支援国を下に見て相手に足りない物を与えるだけでは上辺だけの支援になると実感しました。相手の事を考えて両者が納得いくまで傾聴と承認を繰り返し行い解決に導くのが本当の支援だと学びました。

 二つ目は、「会話は言葉でするものではなく心でするもの」です。小学校訪問をした時に、教室で一人、泣いている子を見かけました。言葉は通じないので、ずっと肩や背中をさっすて慰めていました。最初は目も合わせてくれなかった子がだんだん笑顔を見せてくれるようになり、元気を取り戻してくれました。心から相手の事を想っていたら言葉が通じなくても自分に出来ることがあると体験しました。そして、この二つの大きな学びは私にとって新しい自分に出会うきっかけになりました。

 この事業に参加して多くの事を学んだ私に出来ることは、もっと沢山の人に発展途上国を理解してもらい、興味を持ってもらえる講演する事だと思います。

 講演をする対象は高校生をはじめ、中学生も含めたいと思います。

 なぜなら、この事業に参加希望をする高校一年生の人数が少ないと感じたからです。原因としては、発展途上国について無知だからだと思います。そこで私は、中学生を対象に講演をすることで、国際協力などに興味を持った人材を増やし、高校生なった人達がこの事業に参加してくれるのではないかと考えてます。

 最後に、皆さんにとって「幸せ」とはなんですか。 富。名声。権力。この質問に対しても様々な意見があると思います。

 カンボジアの人達はこの質問に「家族の健康」だと口を揃えて語っていました。一度考えて見て下さい。財産や地位は自分が満足する為の材料にしかならないと思いませんか。

 まず真剣に、考える事がよりよい未来を目指す第一歩だと思います。

 私はこれからも自分の知らない世界を見て視野を広げ、講演を通して興味を持ってくれる人を増やしていきたいです。

人が好き

投稿者: 島袋 みこと

私は人が好きです。なぜなら人と人との関わりが理屈では表すことの出来ない大きな力を持っていると思っているからです。大好きな「人」。どうしたらそんな人同士が平和に仲良く暮らしていけるのだろうか。という疑問から国際協力に興味を持つようになりました。
 今回私はカンボジアへ行き、沢山の人の優しさや強さを目の当たりにする事ができました。カンボジアの人々はどこへ行っても、どんな人でも笑顔で挨拶をしてくれました。一見普通の事かも知れないですが、出会う人皆が笑顔で挨拶をするという体験は日本ではしたことが無かったので、とても感動しました。カンボジアの人の目はとても綺麗で、あの目に惹き込まれる感覚は私の幸せの価値観を大きく変化させてくれました。そんな体験から始まったカンボジアで滞在期間中、私は「人と関わる幸せ」を沢山感じる事ができました。そして、「やはり私は人と関わる事が好き。この人達がいる世界をよりよい社会へと導くためには、沢山の人が国際協力に関わることが大切だ。そうすることで世界を変えるスピードを加速させることが出来る。だからこそ多くの人が国際協力に関わるきっかけ作りをするんだ」と思うようになりました。
 新しい目標を手に入れた私は、国際協力をしていく上でどのように人と向き合うことが大切かということに視点を置いて、現地の人や現地で活躍する日本人の話を意識的に聞くようにしました。話を聞き、皆口を揃えて言っていた事は、やはり異文化理解についてでした。カンボジアもそうですが、日本を出れば、宗教や食文化、生活様式など日本と異なる事が沢山あります。異なる背景を持つ相手の文化を理解するのは難しい事です。しかし、理解が出来なくても、分かろうとする気持ちが大切であると言うことを学びました。
 私は視察先の小学校で「人」についてある体験をしました。それは小学生の皆と遊んでいる時の出来事です。皆が楽しそうに遊ぶ中1人隅っこの方で泣いている男の子を見つけました。しばらく私は彼を見ていたのですが、彼はいじめを受けている事に気が付きました。そんな彼をみていてもたってもいられず私は彼を抱きしめ笑顔で話しかけ続けました。もちろん言葉は通じません。ですが無我夢中で言葉をかけ続けました。すると、最初は目と合わせず怯えていた顔をしていた彼が時間をかけながら接していくうちに心を開いてくれました。そんな私と彼の姿を見たからでしょうか。さっきまで彼にちょっかいなどをだしていた周りの子達の対応が変わってきました。そして最後には皆の輪の中に入り笑顔で遊ぶ彼の姿を見ることが出来たのです。私の小さな1歩がもしかしたらあの男の子の生活を変えたのかも知れません。私の小さな1歩で周りの子達の意識を変えることが出来たのかも知れません。私はその男の子との出会いを通し言葉は通じなくても心は通じ合える、想いは届くという事を学ぶことが出来ました。
 私はまだ高校生で誰かを支援できるようなお金も知識もありません。ですが、カンボジアで過ごし、沢山の人との出会いを通して感じた感情や、体験で得た学びを沢山持っています。私は人と関わる事が大好きです。人と話す事が大好きです。そのような私の強みを活かしながら、私の感じた幸せを多くの人に感じてもらえるようなきっかけを作りたいです。

もっと人と人は仲良くなれると思います。もっと国際協力は身近にする事が出来ると思います。そうして人々が気軽に助けあるような世の中になるのだと思います。私は国際協力を通して世界中の色々な人が交流出来るような世界を目指します。小さな1歩が世界を変える。うちなーから繋ぐ笑顔のバトンをもっと前へ前へと進み続けます。

「平和な世界」

投稿者: 仲地 瑞希

平和とは何なのだろうか、私たちは研修中このテーマをよく思い出しました。この事業に参加する前の私の答えは「みんなが安心して暮らせる世界」でした。もちろんこの問題に対する答えは人それぞれです。

 カンボジアチームは「平和」がテーマだったため、悲惨な内戦の跡地や、逆に復興に向けて頑張るカンボジアの人をサポートする仕事をしている日本の方々に会いに行きました。

初日はテラ・ルネッサンスの活動を見に行きました。何よりも驚いたことはこのテラ・ルネッサンスを立ち上げた人が私とそこまでかわらない年だった鬼丸昌也さんという方だったということです。彼は「自分に何ができるだろうか」と問い続けその答えが今のテラ・ルネッサンスを形作っているとおっしゃったそうです。私にはその自分も何かしようというというチャレンジ精神が必要だと実感しました。その鬼丸さんの気持ちが引き継がれ、今のカンボジアでは地雷撤去はもちろん、家畜銀行など誰も損しない循環型の支援がおこなわれていました。家畜銀行では元から経験のある牛や鶏が人気だったそうですが、日本側はヤギを推していたそうです。初めは受け入られなかったヤギも次第に普及していき今では一番の収入源となっているそうです。ここで学んだのはどんなにそれが正しいと分かっていてもそれをおしつけることはせず、我慢強く相手との情報交換、意見交換を行うということです。この考え方が国際協力をするうえで必要なことだと思いました

 四日目には、ジャパンハートという医療の面から途上国を支援している団体を訪れました。ジャパンハートでは年間3500人のボランティアが参加しており、その中には法学部や文学部の学生も参加していて、こういうボランティアは誰でも参加できるんだよということを日本に戻ったら是非皆に伝えたいと思いました。また嘉数医師にもお会いしました。嘉数さんにどういう人が国際協力に向いているかと尋ねると、うまくいかなくても相手のせいにしない、相手のことは変えることが出来ないので自分を変えられる人、そして相手のことを尊重できる人だと言っていました。今まで思いつかなかったようなことを言われ、はっとさせられました。

 その翌日にはトゥール・スレン虐殺博物館とキリングフィールドを訪れました。博物館は生生しい写真や実際の拷問器具等を展示しており見ていて心が苦しくなりました。どうしてこんなことが起こったのだろう、どうして止めることが出来なかったのだろうかとずっと行き場のない怒りがみんなの中にありました。博物館を見学し終わった後にメンバーの一人が「悪があるから善がある。戦争があるから平和を実感できる」と言っていて、私たちにできることはこの悔しさを忘れずに二度とこんな悲しいことが起こらないよう、いろんな国のことを知る、友好関係を作る、また万が一争いが起きた場合に誰かが止められる環境を作るということだと感じました。その次のキリングフィールドでは自然が多かったため比較的穏やかに物事を整理することが出来ました。綺麗な木や、穏やかな埋葬の風習があった場所が人々を惨殺する場所に変わったことはとても悲しいことでした。

 この一連の事業を終えて私は再び「平和とは何か」と考えてみました。今の私の答えは「他人の意見を受け入れることが出来る世界」です。ポル・ポトももしかしたら自分の中の正義に従っただけかもしれません。でもなぜあのように行き過ぎた結果になったのかと考えると、ポル・ポト個人の意見しか反映されていなかったからだと思いました。国際協力でも日常生活にもこれは当てはまります。他人の意見を聞くことで個人の暴走をとめ、より良い解決策、そしてよりよい未来が手にはいるのではないかと私は思いました。

What should we realize? 〜「満たされない」幸せ〜

投稿者: 知念 大虹

国際協力に必要なこととは一体なんでしょうか。挙げればきりがありません。それだけ必要なことが多い、ということかもしれません。しかし、私には国際協力で最も必要なことについて確信があります。それは、前のままの自分では、絶対に気づくことができなかったこと、当たり前すぎて、見えなくなってしまっていることでした。その確信とは「満たされない」幸せを知ることです。

   2019年8月、私は沖縄県の「おきなわ国際人材育成事業」というプログラムに参加し、カンボジアに派遣されました。派遣前の研修、そして現地でも、JICAやODA、沖縄県などが行なっている多くの国際協力事業について学び、そして視察させていただきました。地雷除去、現地の方の所得の向上、青年海外協力隊など、沢山の国際協力の実状に触れ、私は、一つの気づきが生まれました。

それらに関わっている方々は、本当に真剣に、しかも笑顔で事業に従事していました。誰一人として、辛い顔を見せず、不満をこぼすことはありませんでした。私はそれがとても不思議でした。なぜ、元々日本人として満たされた生活をしていたはずの彼らが、発展途上国の一つであるカンボジアで、こんなにも満たされた顔をして生きていけるのでしょうか。振り返れば、悶々としている私に気づきを与えてくれたのは、ロカブッスという村でのホームステイでした。

   ロカブッス村はタイとの国境近くにある村で、裸電球程度の電気は通っていますが水道は通っていません。また、街灯は薄暗く、夜になると文字通り真っ暗で何も見えない、そんな村です。日本人である私は、ここに住んでいる人々は、一見何もないこの村に住んでいて幸せなのか、と疑問に思いました。しかし、私の考えはすぐに間違いであると気づかされました。なぜなら、彼らは皆、心の底から笑顔だったのです。みんな、私達一行を温かくもてなしてくれたのです。その晩、村長が私達に夕食をご馳走してくれました。それは、ご飯におかずが数品程度という、とても豪華とは言えませんでしたが、少ないながらの材料で頑張ってこしらえてくれたものだったのでしょう。私にとっては、それがカンボジアで食べたどの料理よりも美味しいものとなりました。その料理を、同じテーブルを囲んでみんなで食べました。本当に楽しい時間でした。その時、私はふと思ったのです、これが幸せなのだと。確かにこの村の生活は、私達日本人にとっては「満たされない」ものかもしれません。でも、彼らは満たされていました。そして、私にとっても、そのホームステイは本当に満たされたものとなりました。「満たされない」から、私は「満たされた」のです。私達は、普段から満たされすぎています。だからもっと求めてしまう、もっともっとって言ってしまい、そして幸せを忘れてしまいます。でも一度「満たされない」を知ることが、私達を普段の幸せに気付かせてくれるのではないでしょうか。私達の普段の生活は、満たされすぎていると思います。でも私達は、それでもやはり満たされることはありません。

私は今まで、学校の授業や行事を面倒くさがったり、親の言葉から目を背けたりと、悶々とした日々を送っていました。しかし、私の普段の生活は本当はとても幸せなことだったはずです。私はそれらに気付けなかった自分が、とてつもなく恥ずかしく感じました。

私が学び、視察した国際協力事業に従事している方々は皆、幸せを感じています。カンボジアでの生活が、満たされていると感じているのだと思います。だからこそ、あんなに真剣で笑顔なのだと、私はこの研修を通して、そう確信しました。

私は今、とても幸せです。幸せは「満たされない」所にあります。

私達はその幸せに気付くことで初めて、国際協力の第一歩を踏み出す事ができるのではないでしょうか。

What should we realize?———Our happiness.

「そんな所」と言わないで

投稿者: 新城 舞羽

「夏休み、海外行くんだっけ?」

 「そうだよ!カンボジアに行くってば!」

 「え、なんでそんな所行くの?欧米に行けばいいのに」

 これは私がカンボジアへ派遣される前の友達との会話である。どうして友達はカンボジアのことを「そんな所」と言ったのだろう。カンボジアの何を知っていて「そんな所」と言えるのだろう。私は悲しくなった。

 私には夢がある。発展途上国の人々の健康を守るという夢だ。この動機のもと、国際協力レポーター事業へ応募した。そして選ばれた他一二名の高校生とともにカンボジアへ派遣された。「国際協力をしたい。」「途上国の人々を助けたい。」そう口に出すのは簡単だ。その国のことをよく知らないのだから。

 二〇十九年七月二九日、私たち一三名は沖縄を出発してカンボジアへと向かった。カンボジアに着くと私は目の前の光景に驚いた。思っていたよりも発展していたのだ。町中は屋台が並んでいてたくさんの人で賑わっている。私たちが宿泊するホテルも立派である。発展途上国には見えなかった。

 だが、「何だ、栄えているじゃん」という私の考えはすぐに壊された。

 ロカブッス村でホームステイをした。ロカブッス村はカンボジアの中でも特に貧しい地域らしい。この村の人々は雨水をためて生活をしていた。トイレは桶の中にためてある雨水をくんで流す。お風呂もトイレと同じ雨水で水浴びをするだけ。今にも壊れそうな家もあった。学校で制服を着ていない子供もいる。この村で過ごしているうちに、私は本当に「発展途上国」に来たのだと実感した。

 「ペットボトルの水以外は口にしてはいけない、お腹を壊すから」「生野菜も食べてはいけない、食中毒にかからないために」「蚊に刺されないようにしなさい、デング熱が流行っているから」と指示を受けた。お腹を壊すと言われた水をこの国の人々は当たり前のように飲んでいる。しかし、私には同じ水さえ飲むことができない。この現状がとても悲しかった。

 この国は貧しい。

 確かに貧しいかもしれない。でも貧しいにも関わらず、みんな笑顔だった。あるおじいちゃんは「自分のことを貧しいとか、不幸だと思ったことはない。家族が健康であればそれは幸せ。」と話していた。そして皆、日本から来た言葉の通じない私たちにとても優しく接してくれた。自分も暑いはずなのに扇風機を貸してくれたお母さん、少ないお小遣いで買ったカップラーメンを分けてくれた男の子、絵を描いてプレゼントしてくれた女の子、みんな私たちが伝えようとしていることを一生懸命理解しようとしてくれた。

 私の出会ったこの人たちは、物質的には貧しいかもしれない。でも何よりも家族のことを大切にしていて、心が温かくきれいだった。そんな人々が暮らすこの国を「こんな所」と呼ばないでほしい。

 先ほど私は、「途上国の人々の健康を守るという夢がある」と言った。カンボジアで一一日間を過ごして、もう一つやりたいことができた。それは、もっとたくさんの人に途上国への興味を持ってもらうこと。日本には途上国のことを、危険、暗い、かわいそう等の偏見を持っている人が多いように感じる。実際は、「貧しい生活でもみんな笑顔で幸せに暮らしている」ということを伝えたい。当たり前に暮らせることの幸せに気づいてほしい。

 この事業を通して出会ったたくさんの人に勇気をもらい、国際協力への情熱や想いを奮い立たされた。次は自分が勇気を与える番だ。二つの夢を叶えるために、今自分のすべきことを一生懸命する。大好きになったカンボジがくれた宝物を発信していく。そして二度と「そんな所」と言わせない。

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